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児童養護施設で暮らす子どもたちについて
~逆境体験を乗り越えるための保護的体験と巣立ち支援~

虐待や親の病気、貧困などさまざまな理由で親と暮らせない、頼ることができない子どもたちの生活の場となっているのが児童養護施設です。そこで暮らす子どもたちは、どのような問題を抱えていて、どのような助けを必要としているのでしょうか。

 

子どもたちが、親に頼れなくても“安心して”生活できるように、“希望をもって”未来への一歩を踏み出せるように―。社会全体でよりよい支援を実現するために、児童養護施設の子どもたちについての理解を深めていきましょう。

 

 

 

1.子どもたちが児童養護施設に入所する理由

児童養護施設で暮らす子どもたちを理解する上で、彼らがどのような経緯で入所に至ったのかを知ることは重要な手がかりとなります。

 

主な入所理由として最も多いのが「虐待」で、全体の半数近くを占めます。「親の精神疾患」等を理由に入所する子どもも約15%で、件数・割合ともに増加しています。そして割合としては5%ほどですが、軽視できないのが「貧困」です。

 

参考:厚生労働省子ども家庭局 厚生労働省社会援護局障害保健福祉部「児童養護施設入所児童等調査の概要」(平成30年2月1日現在)

 

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◆虐待

 

日本では過去30年間、18歳未満の子どもへの虐待が増え続けており、2021年には児童相談所で虐待相談として対応した件数は過去最多の207,659件となりました。その割合は、殴る・蹴るなどの暴力を加える「身体的虐待」が23.7%、十分な食事を与えないなどの「ネグレクト(育児放棄/怠慢・拒否)」が15.1%、「性的虐待」が1.1%、そして暴言や脅しで子どもの心を傷つける「心理的虐待」が最も多く60.1%を占めています。

 

虐待は、児童養護施設の主な入所理由としても増加が著しく、30年ほど前には全体の16.0%だったのが2017年には45.2%と、3倍近くにのぼります。

 

児童相談所の指導・措置に至らなかった場合や、児童相談所が認知・把握できていない場合は「虐待件数」に含まれていないため、専門家や関係者らは「データはあくまで“氷山の一角”にすぎず、実際の件数はもっと多い」とみています。

参考:厚生労働省「令和3年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」(速報値)

 

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◆親の病気(精神疾患等)

 

親の精神疾患等を理由に入所する子どもは、30年ほど前は5%だったのが、2017年には15.6%と、虐待同様に3倍近くに増えています。このうちほとんどは母親の精神疾患等で、父親よりも圧倒的に多くなっています。

 

日本全体でも、精神疾患にかかる人がどの世代においても増えており、認知症に次いで増加しているのがうつ病などの気分障害です。入所理由で親の病気が増えているのも、こうした社会情勢を反映しているのかもしれません。

参考:厚生労働省「第7次医療計画の指標に係る現状について」

 

◆貧困

 

日本の子どもの相対的貧困率は13.5%で、7人に1人の子どもが貧困状態で生活しています。
参考:厚生労働省「2019年国民生活基礎調査の概況」

 

貧困が主な入所理由に占める割合は5%ですが、家庭の貧困は虐待や親の健康状態の悪化などの他の入所理由と深く関係しています。また貧困状態で暮らす子どもは意欲や学力が低い傾向にあり、大人になってからの学歴の低さや健康状態の問題、貧困の連鎖を招きやすいことが指摘されています。
参考:三田学会雑誌103 巻 4 号『被保護母子世帯における貧困の世代間連鎖と生活上の問題 』/駒村康平・道中隆・丸山桂(2011 年 1 月)
参考:『子どもの貧困対策としての学習支援によるケアとレジリエンス』/松村智史(2020年11月30日)

 

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◆複数の要因で入所する子ども

 

前出の厚生労働省による児童養護施設の入所理由についての調査は、理由を1つだけ選択する方式で実施されていますが、実際には一定割合の子どもが複数の要因を背景に入所しているといえます。

 

例えば、入所した子どもの65.6%は虐待を経験していますが、そのうち虐待が主な入所理由とされた子どもは44.1%です。ここからわかるのは、「虐待以外を主な理由として入所しており、重複して虐待を受けていた子どもが約2割いる」ということです。

 

また、前述のとおり、「貧困と、虐待や親の病気など他の要因が重複しやすい」ことを示した調査もあります。生活保護世帯などの貧困家庭から児童養護施設に入所した子どものみを対象とした調査では、79.8%が虐待を経験しているという結果に加えて、「主な入所理由」としては虐待・放任の割合が合わせて54%、父母の精神疾患等の割合が16%と報告されています。

参考:立命館産業社会論集第56巻第 1 号『児童養護施設職員から見た入所児童の貧困経験と支援 ─施設における支援と非認知的スキルに関する一考察─ 』/岩田美香(2020 年 6 月)

 

 

2.児童養護施設の子どもたちの特徴と抱える課題

 

児童養護施設の子どもたちは、子ども時代の辛い経験から精神面で困難を抱えてしまったり、親を頼れないことでぶつかる壁に悩んでしまったりすることも少なくありません。

 

◆ 子ども期の「逆境体験」が生む長期的リスク

 

深刻なトラウマを引き起こす虐待などの被害体験はもちろん、貧困や親の病気、両親の離婚、家族のアルコール依存などの困難を子ども時代に経験すると、その後長期にわたって心身の健康が損なわれたり、社会生活に支障が生じるリスクが高くなることが近年の研究でわかってきています。

 

これらの経験は「子ども期の逆境体験(adverse childhood experiences:ACEs)」と呼ばれ、逆境体験の数が多いほど、その影響は深刻であることも報告されています。

*逆境体験には家庭内外におけるさまざまな困難が含まれます

 

逆境体験は子どもに慢性的なストレスを与え、それが脳などの神経系や免疫系の発達や機能を阻害します。また、逆境体験をした子どもは成長後、ストレスに対処するために喫煙や飲酒、危険な性行動など、不健康な生活習慣やリスクの高い行動をとりやすくなってしまうことも指摘されています。

 

出典:菅原ますみ(2019). 小児期逆境体験とこころの発達. 精神医学, 61(10), 1187-1195.
出典:亀岡智美(2019). トラウマインフォームドケアと小児期逆境体験. 精神医学, 61(10), 1109-1115.

 

・菅原伶奈・大賀真伊・東菜津摘子・滝沢龍(2022). 子ども期の逆境体験に対する保護的体験についての研究の現状と展望. 東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース紀要, 45, 61-67.

 

こうした直接的・間接的な影響によって、子ども期に逆境体験をした人はしていない人に比べ、心疾患、呼吸器疾患、肥満や糖尿病などの身体疾患や、うつ病、不安障害などの精神疾患にかかるリスクが高くなると報告されています。

 

また、逆境的な環境で育った子どもは、社会的な規範に沿った目標やそれに向かって努力することに対して希望や意欲を持てなくなり、結果的に学業や仕事、収入面などにおいても不利な状況に置かれてしまうとも考えられています。例えば子ども期の逆境体験が4つ以上ある人は、逆境体験が全くない人に比べて、高校を卒業しない場合が2.3倍、失業が2.3倍、貧困が1.6倍も多いとの報告もあります。

 

社会的・経済的に不利な状況が、また新たな心身の健康に対するリスク要因になるなど、子ども期の逆境体験は、その後の人生の広範な領域にわたり悪循環を生み、深刻な影響を及ぼすのです。

 

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児童養護施設への入所理由の多くは逆境体験にあたりますが、実際、児童養護施設にいる子どもは、発熱・下痢をしやすい、風邪をひきやすいなどの健康上の問題を抱えていることが少なくありません。またPTSDや反応性愛着障害のある子どもがそれぞれ1.2%、5.7%もの割合でいることも報告されています。

出典:厚生労働省「児童養護施設入所児童等調査 / 平成29年度児童養護施設入所児童等調査」「第022表 児童養護施設,入所児童数(罹病傾向,就学状況,性 別)」「第021表 児童養護施設,入所児童数(心身の状況,就学状況,性 別)」

 

私たちブリッジフォースマイルが2021年に行った「全国児童養護施設 退所者トラッキング調査 2021」でも、児童養護施設で暮らす子どものうち4割は、退所する時点で何らかの精神的な課題を抱えた状態であることがわかっています。

 

例えば、何らかの精神疾患の診断あるいは疑いがある子どもが19%、自傷行為を経験した子どもが5.9%、不登校を経験した子どもが9.3%でした。自分や他者に対する感情のコントロール、依存傾向、社会性欠如などの精神面や行動面の課題がある子どもは35~45%にのぼります。

 

 

◆親に頼れない環境がもたらす悩み

 

逆境体験を経ても、心身ともに大きな問題なく暮らしている子どもたちもいますが、こういった子どもたちにも「親に頼れない」ことで抱えている悩みがあります。

 

学校などで「児童養護施設や里親家庭で暮らしている」ことが知られた際に、周りから距離を置かれたりするケースや、「親の同意」を得られずに携帯電話の契約やアルバイトができないといったケースなどは、交友関係を狭める要因ともなりえます。

 

「親を頼れない」というハンディキャップを理解されずに「孤独感」を抱える子どもたちは、その反動から、優しく声をかけてくれる人を簡単に信じてしまい、詐欺などの甘い罠に陥りやすいといった傾向も見られます。

 

3. 児童養護施設の子どもたちの巣立ちを阻むさまざまな格差

 

施設入所中だけではなく、18歳で社会に巣立つ際や、退所後の社会生活においてもさまざまな格差が障壁となり、子どもたちの前に立ちはだかります。

 

◆安心の格差

 

近年の公的な奨学金制度や貸付金制度などの拡充により、大きな教育格差を生んでいた「学費面」については支援の輪が広がりつつあります。しかしながら、返済が必要な奨学金の場合“借金を背負う”プレシャーや、家賃を含む生活費を賄っていくことの不安は計り知れません。

 

病気になった時、お金に困った時、仕事を辞めた時など、悩んでも頼る先がない子どもたちは、「何かあっても自分だけでなんとかしなければならない」という不安や孤独感を抱えているのです。

 

◆希望の格差

 

子どもの頃に周囲に大切にされた経験がないことで、自己肯定感が低くなり、将来の夢を描いたり、目標を持ったりすることができず、「生きることへのエネルギーがわかない」といった声も聞きます。

 

また、トラウマを抱えるような辛い経験をしてきた退所者の中には、退所後もフラッシュバックを起こしたりして、日常生活を送ることが困難になってしまう人さえいます。

 

前述のトラッキング調査では、児童養護施設退所後、大学・短大・専門学校などに進学した子どもの27.1%が、卒業後2年3カ月のうちに学校を中退していたり、就職した子どもも、早い段階での離職が多く、3年目までには約40%が最初の勤務先を離職、4年目になると非正規の就労形態か無職が40%を超えているなど、精神面の問題で中退や離職に至るケースが多いこともわかっています。

 

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4.児童養護施設の子どもたちにできる支援

 

ここまで、児童養護施設の子どもたちが、精神面で困難を抱えてしまうケース、親を頼れないことでぶつかる壁に悩んでしまうケースについて見てきました。それでは、子どもたちが「安心の格差」「希望の格差」を乗り越え、未来へ向かう勇気を持つために必要な支援にはどのようなものがあるのでしょうか。

 

 

◆逆境体験の影響を和らげる「保護的体験」

 

子ども期に逆境体験があってもその悪影響をあまり受けていない人たちの共通項として「保護的体験」をしているということが挙げられます。

 

保護的体験とは、逆境体験の影響を和らげたり、逆境体験とは逆の良い影響を与える体験のことで、近年さまざまな調査が行われるようになってきました。

 

図をご覧いただくとわかるように、保護的体験には家庭でないと提供できないものもあり、子どもが家庭的な環境で育つことができるようにすることは引き続き重要な課題です。

 

しかし、教育、親以外の頼れる大人、コミュニティでの活動など、家庭以外のサポート資源も多く挙げられており、これらが果たす役割も決して小さくないことがわかります。

 

出典:菅原伶奈・大賀真伊・東菜津摘子・滝沢龍(2022). 子ども期の逆境体験に対する保護的体験についての研究の現状と展望. 東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース紀要, 45, 61-67.

 

◆居場所や頼れる存在の重要性

 

保護的体験は、トラウマ治療のような専門的支援を受けることでは必ずしもありません。子どもの近くにいる人や地域が、日常の延長線上で提供できることかもしれないのです。自分が安心して居られる場所が社会にあること、親以外に気にかけてくれる大人、サポートや助言をくれる大人がいること、困ったときに相談できる場所があるとわかっていることなどは、大きな保護的体験になる可能性があります。

 

子ども期の逆境体験による悪影響は、想像以上に長期にわたることを考えると、支援が手薄になりやすい退所後こそ、こうした保護的体験を一つでも多く提供することや、提供し続けられる社会の仕組みを作っていくことが重要です。

 

◆保護的体験としての巣立ち支援

 

私たちブリッジフォースマイルは、“親を頼れない子どもたちが、社会へ羽ばたく時に直面する「安心の格差」と「希望の格差」を乗り越え、未来へ向かう勇気を持てるような支援をカタチにする”をミッションに、巣立ち支援や居場所事業、啓発活動など幅広い活動を行っています。

 

逆境体験を経ても、子どもたちが安心して社会に羽ばたけるように、笑顔で暮らせるように、本来の力を発揮できるように、これからも継続的な支援を行っていきます。

 

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