ニュース・活動報告

門出の喜び 親を頼れぬ子どもにも
スーツ500着に込めた AOKIの理念

進学や入社を控え、スーツの需要が高まる1~2月 。メンズ・レディースのスーツを扱うAOKIの店舗にとっては繁忙期であるとともに、毎年恒例の取り組みが本格化する時期でもあります。それは18歳で独り立ちをする子どもへのスーツの寄付。ブリッジフォースマイル(B4S)を通じた活動は約20年続いており、これまで500人以上の子どもたちの晴れ舞台を彩ってきました。「環境にかかわらず門出の喜びを味わって欲しい」。今も受け継がれる担当者の思いの根幹には、AOKIグループの理念が宿っています。

 

左:渡辺啓太さん(経営戦略室マネジャー) 右:鎌倉功一さん(お客様窓口担当)

 

独り立ち支えたAOKIのスーツ 今なお「勝負服」

「18歳の時の思い出は、やっぱりスーツ」――。2008年にAOKIからスーツを受け取った女性は、こう語ります。試着のために新宿西口の店舗を訪れたところ、「お待ちしておりました」と店員に暖かい笑顔で迎え入れられました。丁重な接客や「好きなものを1着選んでください」という説明を含め、「みすぼらしかった私を、まるでお姫様みたいに扱ってくれた」と振り返ります。

 

この女性は家族から虐待を受けて児童養護施設に入所しており、18歳で施設を出る独り立ちの時期を迎えていました。「戻る場所はない、という漠然とした不安がいつもあった」といいます。生活に余裕はないため、入学式や入社式で着るスーツにお金を回していられません。それだけに寄付への喜びもひとしおでした。

 

職業訓練校(職業能力開発センター)の卒業式で、AOKIから受け取ったスーツを着る女性

 

スーツは職業訓練校(職業能力開発センター)の卒業式のほか、就職の面接でも活躍しました。「これを着ていけば絶対に受かるから大丈夫」と、自分を信じることができたといいます。独り立ちに向けた不安な時期を支えてくれたスーツは、受け取ってから10数年たっても「私の『勝負服』」と言い切れるほどの存在になりました。

 

スーツや必需品の寄付 B4Sの「トドクン」で仲介

このAOKIによるスーツの寄付は、B4Sの寄付仲介制度「トドクン」を通じて受け取ります。児童養護施設や里親のもとにいる子どもが、独り立ちのためのプログラムを受講するとポイントを得られ、企業や個人がB4Sに寄せた生活必需品の中から貯めたポイントに応じた品物を選ぶ仕組みです。

 

スーツの寄付は店舗で採寸、試着、裾直しなどをしてもらい、後日受け取る流れになっています。AOKIでの買い物が10%オフになるクーポンももらえるので、「お財布に優しくこれからの準備をすることができました」といった子どもたちからの感謝のコメントが、毎年数多く寄せられています。

 

実際に寄付されるスーツのイメージ

 

「後は任せた」で始まった20年

AOKIの寄付が始まったのは、約20年前の2005年にまでさかのぼります。当時、同社が研修を依頼していたパソナの担当者が一人の女性を伴ってAOKIを訪ねました。女性の名は林恵子。パソナ在職時にB4Sを設立した代表です。

 

「児童養護施設の子どもの自立支援をするNPO法人を立ち上げたので、ぜひAOKIさんに応援していただきたいんです」。B4Sの活動や親を頼れない子どもの現状について林が熱心に説明している時のことを、応対した鎌倉功一さん(現 お客様窓口担当) は鮮明に覚えているといいます。

 

「児童養護施設は親を頼れない子どもたちの場所だと漠然としたイメージしかもっていなかった」そうですが、入所の理由として家庭での虐待や貧困が少なくないこと、18歳になると施設を出ていかなければならないことなどを聞き、今まで知ろうとしてこなかった自分を恥じたと。林が幼い子ども2人を育てながら設立間もないNPOの代表を務めていることも、「心を揺さぶられた」と鎌倉さんは振り返ります。

 

鎌倉功一さん(お客様窓口担当)

 

その林が求めた支援がスーツの寄付でした。「児童養護施設を旅立って入学、入社していく子どもたちが袖を通すスーツを寄付していただけないでしょうか」。まだ海のものとも山のものとも知れないNPOからの要望。通常であれば断ってもおかしくありません。しかし、同席していた営業本部長は面談後、鎌倉さんにこう伝えます。「決裁するから、後は任せたぞ」。約20年にわたる寄付活動のスタートを告げる一言でした。

 

当時のAOKIにとってNPOへの支援は初めてだったほか、B4Sにもほぼ活動実績がない状態です。それでも「寄付の実施まで社内調整における苦労はなかった」と鎌倉さん。その背景にあるのが、AOKIグループの根幹にある経営理念でした。「社会性の追求」「公益性の追求」と並ぶ「公共性の追求」で、「ビジネス以外でも、世の中のためになる生き方を追求すること」を推奨。 新しい挑戦をよしとする社内の気風とも合致して、「実現までこぎつけた」(鎌倉さん)と言います。

 

届けたいのは「品物+心」 店舗のおもてなしにも配慮

始まりはささやかなものでした。2005年にマフラーや小物類の寄付がスタート。翌2006年に林が数人の高校生を引率して新宿店を訪れ、スーツの提供を受けました。それが2008年には10着、2009年には20着と拡大し、現在は年間50着にまで増えました。

 

寄付数の増加に合わせて、対応する店舗数も現在では30~40店にまで拡大しています。ゆっくり選んでほしい、きちんとご案内したいとの思いから、他のお客様とのバッティングしにくい時間帯やシフトを踏まえつつ、どの店舗に、いつ、誰が来るといった予定を組んでいるそうですが、それは楽なことではありません。それでも「試着や受け取りで複数回ご来店いただくことになるので、なるべく施設に近い場所を用意しています」。2024年からB4Sへの寄付制度を引き継いだ渡辺啓太さん(経営戦略室マネジャー)は、こう説明します。

 

渡辺啓太さん(経営戦略室マネジャー)

 

接客にも配慮がにじみます。「これから新しい世界に旅立っていく子どもたちに、ぜひ暖かい気持ちで向き合い、励ましの言葉をかけてください」。子どもとの年齢の近さや性別にも配慮して選んだ販売員に、鎌倉さんは一層の心遣いを呼びかけてきました。それは「品物プラス心を届けたかったから」。

 

「もしかしたら」と前置きをしたうえで、鎌倉さんは語ります。「施設ですごした子どもたちは、周囲の大人との交流経験が少ないのではないか」。だからこそ、「社会に出ても、サポートしてくれる大人たちがいることを実感して欲しい」。それをきっかけに、「社会から歓迎されていることを感じることにつながれば」と心の内を明かします。

 

渡辺さんが過去に店長を務めていた店舗でも、寄付に対応したことがありました。初めてスーツを作る子どもの表情は緊張そのもの。好みや意見をきちんと聞き出すには、リラックスしてもらう必要があります。チャンスは試着のタイミングにありました。

 

「おっ」。これまで着たことがないスーツを羽織って鏡に映る自分を見た時、子どもの顔に驚きの表情が浮かびます。大人びた自分の姿に気分が盛り上がった瞬間を見逃さず声をかけると、そこを糸口に会話が一気に弾み出します。「せっかくの機会なので好みや意見をきちんと話してもらって、満足のいくスーツを受け取って欲しい」。渡辺さんの思いが通じた一着になりました。

 

鎌倉さんや渡辺さん、販売員の配慮は、子どもたちにもしっかりと伝わっていたようです。「こちらがたどたどしい反応をするなかでも丁寧に対応してくださり、安心できました」、「とても親切に対応してもらえてうれしかったです」。店舗で受けた接客への感動をつづる感謝のコメントが、毎年多く寄せられています。

 

「公共性の追求」 寄付を通じて社員に腹落ち

子どもが予定とは違う店舗を訪れたり、情報を一元管理している鎌倉さんではなく店舗に直接連絡が入ってやりとりが錯綜したりするなど、時にはトラブルも生じました。また、新しい取り組みもやがては新規性を失ってマンネリ化し、途絶えがちです。にもかかわらず、内容を充実させながらAOKIが20年近く寄付を継続できた理由はどこにあるのでしょうか。

 

「世の中の役に立てたことを実感した」。対応した子どもから感謝のコメントを受け取った販売員の多くが、こう話すそうです。きれいごとに聞こえるかもしれませんが、そうではありません。

 

AOKIグループの経営理念に3つの追求を掲げていることはすでに述べました。この経営理念を理解し、体現することがAOKIグループ社員ですが、ビジネスと直接かかわりがない「公共性の追求」は「店舗の業務の中であまり実感する機会がない」(渡辺さん)といいます。子どもへの対応と感謝の言葉によって理念の意味と意義が腹落ちするからこそ、シンプルに「世の中の役に立てたことを実感した」という感想に行き着くのです。「寄付活動を通じて組織や個人が受け取っているものも多い。だからこそ、取り組みが続いてきた」。鎌倉さんは感慨深そうに語りました。

 

受け継がれた支援の「たすき」

間もなく20年を迎えるB4Sへの寄付活動。渡辺さんは「今後も継続していくとともに、新しいことにも取り組んでいければ」と意気込みます。

 

スーツは入社式や卒業式、成人式といった節目のタイミングで初めて袖を通すことが多く、AOKIは常に新たなステージへ歩みだそうとする若者を後押ししてきました。家庭環境を含め置かれた境遇はそれぞれ異なりますが、「環境にかかわらず門出の喜びを味わって欲しい」と渡辺さん。「そうあるために、企業として何とかしたい」とも。

 

19年走り続けてきた鎌倉さんからの「たすき」は、確かに受け継がれています。

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