ニュース・活動報告
みなさんが「居場所」だと思える場所や人との関係を想像してみてください。親を頼れない子どもや若者の多くは、親代わりである児童養護施設や里親家庭など社会的養護下を離れると、気軽に相談できる人やつながりを感じられる場所がなくなり、「孤立」してしまいがちです。そんな子どもや若者が、寂しいとき、不安なときに、気軽に立ち寄れる居場所をつくりたい──私たちブリッジフォースマイル(B4S)がそんな思いから立ち上げた親を頼れない子どもや若者のための居場所「B4S PORT」は、2024年9月時点で全国6カ所に展開しています。このうち東京都世田谷区の居場所「せたエール(B4S PORTしもきた)」は、7月で開所から1年を迎えました。責任者のオタケンはこれまでに得た手ごたえや課題に向き合いつつ、「ポジティブな気持ちを生み出せる止まり木のような居場所になれば」と語ります。
ー せたエールの概要について教えてください。
毎週水曜の午後2時から6時まで、金曜、日曜、祝日の午後2時から8時まで開所しており、いつ来ていつ帰るのも利用者の自由です。もともとの対象は児童養護施設や里親家庭で過ごす中学生以上の子どもや退所者、児童相談所に一時保護された経験を持つ人でしたが、4月の児童福祉法改正を踏まえて、社会的養護出身者だけでなく、親を頼れない境遇に生まれ育ち困難を抱えている子どもや若者全般*を受け入れることにしました。実質的に親を頼れない人は誰でも来ていい居場所となりネグレクトをはじめとした“見えにくい”虐待の経験者の利用にもつながっています。現在は約70人が登録しており、児童養護施設や里親の下を出て独り立ちした人の利用が中心です。利用者が最も多い日曜日で6~7人が訪れますね。
*原則、10~30代の親を頼れない子ども・若者が対象
ー 利用者はせたエールでどのように過ごしているのでしょうか。
居場所で用意しているプログラムは特になく、利用者は何をしていても構いません。みんなで一緒にカードゲームをしたりすることもありますが、基本的にはスマホでゲームをしたり、絵を描き始めたりするなど、それぞれが思い思いに過ごしています。金曜と日曜には夕食を作ることになっており、希望者は一食300円で食べられます。社会人ボランティアと利用者が献立を考えて買い出しするほか、料理の得意な人が苦手な人に野菜の切り方を教えるといった交流も生まれます。その一方で夕食だけ食べに来て、すぐに帰る人もいますね。
ー スタッフや利用者と交流することが目的ではないのですね。
目的なしに来ていい場所だという位置づけです。当初は私も「寂しさを解消するために誰かと話したくて来るんだろうな」という先入観を持っていましたが、しばらくすると1人で過ごしたがる人も少なくないことに気付きました。
とはいえ、時折生まれる世間話や他愛ない会話の中からわかることもあります。例えば「午前中は何してたの?」という問いかけに対して、「さっきまで寝てた」という利用者もいれば、「職業訓練所に行ってたよ」という返答もあります。はあんまり好きじゃないけど新宿に行ってきた」など変化を感じる返答があれば、「人が多いところに行けたんだね!」とできるようになったことを拾うことで、ポジティブな感情を持ってもらえるように心掛けています。
ー 社会人ボランティアが独り立ち後の相談役 として伴走する「自立ナビゲーション」にもB4Sは取り組んでいます。居場所の機能との違いは。
一対一の自立ナビゲーション(以下「自立ナビ」という)と比べると、他の利用者と同じ空間で過ごす居場所では、一人ひとりと深い話をする機会はそこまで多くありません。ちょっとした会話の中から悩み事やできるようになったことを拾うやりとりがメインになります。その中で専門的な支援が必要そうであれば専門支援チーム、個別の相談役が必要そうであれば自立ナビにつなぐことで対応しています。私たちが面談という形でじっくり話すことも大事ですが、それだと身構えてしまって話したいことを話せない人は少なくありません。なんとなく会話をしているうちに、ポロっと外に出てくる言葉もありますし。とにかくリラックスして気軽に話せる場所であることを目指しています。
また、自立ナビの相談役の方から「一対一の様子はわかったけれど、集団の中での様子も知りたい」という連絡があって来所に至ったケースもあります。相談役ともそう頻繁に会えるわけではないので、「ほかの大人と話したい時はいつでも来ていいんだよ」と利用者には伝えています。
ー 居場所を失った子どもは以前から存在しますが、現在の子どもを取り巻く環境で気付くことはありますか。
家族のあり方が大きく変化していることです。これは以前から言われていたことでもありますが、核家族化や少子化がさらに加速したほか、今はシングルマザー、シングルファザーという家族の形態も珍しくなくなりました。家庭当たりの大人の数が減ると経済状況は厳しくなり、家庭内への目配りがしにくくなりがちです。大人にも余裕がないのです。加えて、SNSが発達したこともあり、今の子どもは承認欲求と帰属意識を強く求めているように感じます。家出した少年少女が集まることで有名な「トー横(東京・新宿)」が注目を浴びていますが、家にいたくないという子どもにとっては1つの居場所であり、同じ境遇の仲間がいるという安心感を得られるのでしょう。
ただ、トー横で互いに傷をなめあい、現状のつらさや痛みをしのぐだけの行為を覚えても将来にはつながりません。じっくりと子どもの話に耳を傾け、時には注意を促してあげられる大人がいる場所が必要なのだと思います。
ー 人によって居場所に求めることや定義は多様だと思いますが、居場所づくりで特に心掛けていることはなんでしょう。
ただ居場所を提供するということが大事だと考えていますので、何かの強制やおもてなしはしないことを心掛けています。
ー おもてなしをしない、という姿勢の狙いは。
ここは独り立ちを念頭に置いた居場所なので、いずれは別の居場所に巣立っていく必要があります。しかし、居心地がよすぎると依存してしまいますよね。気軽に立ち寄れる場所ではありたいので居心地はある程度よくないといけませんが、依存するほどよくしてはいけないというバランスを模索しています。
たとえば、児童養護施設の退所者の中には、話題の提供や支援などを含めて何でもやってもらうことに慣れてしまっていて、待ちの姿勢が目立つ人もいます。その背景には、施設職員は限られた人員で効率的に施設を運営していかなければならないため、つい先回りしてあれこれこなしてしまうという事情などがあったりして……。本来であれば子どもにやらせてみて、ダメならばアドバイスしてというのが理想なのでしょうが、その余裕がない施設もあるのです。
ただ、施設の中ではそれでよくても、社会に出れば周囲は甘くありません。このギャップに悩む人も少なからずいます。ですので、社会に出た後をイメージして接することが大事だと考えています。例えば居場所のソファーに座ったまま、「お茶ー」と言う利用者がいました。持ってきてほしい、という意味です。そういう時は「お茶がどうしたの?冷蔵庫にあるからくんできていいんだよ」と促すようにしています。
ー 多くの利用者と接する中で特に印象的だったことはなんですか。
私自身は社会的養護を受ける子どもや若者に携わるようになって1年が経過したところなのですが、せたエールにかかってきた“とある電話”が非常にショッキングでした。電話をとった時に相手はもう泣いていて、「死にたい」と。業務上は自分の感情をコントロールして相手に同情せず、ひきずられないようにするのが鉄則なのですが、これまで人の口から聞いたことがない言葉だったので思わず「何とかしてあげなければ」と心が揺さぶられました。
と同時に、もしかしたら相手が注意を引くために私の感情をコントロールしようとしているのかもしれないと冷静に考える自分もいます。こうしたせめぎあいが私の業務で一番きつい部分なのだろうなと感じました。
もし「この子はこちらの感情をコントロールしたがっているな」と誤って判断し、間違った対応をすれば取り返しのつかないことになりかねません。その見極めは本当に難しいと思います。だからこそ、ひとりでは抱え込まず、専門支援チームの力も借りて連携することが重要なのだと認識しています。
ー 開所から1年が経過し、成果や課題も見えてきたと思います。
当初の3カ月ぐらいはスタッフの方から利用者に話しかけることが多かったのですが、その後は利用者の方から声掛けしてくることが増えました。利用者数も昨年(2023年)9月までは1日あたり2~3人だったのが、10月以降は4人台を超え、一年が経った今では多い日で5~6人が利用しているので、居場所として徐々に認知が広がり、信頼関係も深まってきたのだと思います。
そうした成果の裏返しでもあるのですが、どこまで個別の支援に踏み込むべきかという難しさを感じています。いろいろと会話をしている中で時には深い話やきちんとした支援が必要な話も出てくるわけですが、そこですぐに「ここから先は専門の人にどうぞ」と切り分けるわけにもいきません。相手も「この人にだったら話してみようかな」と思って打ち明けてくれているわけですから。とはいえ、今のせたエールが個別支援にまで踏み込んでいくのはマンパワーの面で厳しいため悩ましいところです。今後も最適解を模索し続ける必要がありそうです。
ー 今後目指していく居場所のイメージは見えていますか。
完全な自立を前に羽を休めつつ、前向きな気持ちが生まれる止まり木のような存在を目指しています。「ネガティブなものを置いて、ポジティブなことを持ち帰れる場所にしよう」という認識は、スタッフの間でも一致していました。と同時に、どうなったら自立であり巣立ちなのかということを、私たちの中でもきちんと考えなければいけません。そこが明確でないとスタッフの向く方向がばらばらになり、利用者への接し方がぶれる可能性もありますので。
最終的にはみんなが自分の居場所を見つけることで、社会にとって居場所自体が不要になることが理想です。せたエールの運営を通じて、少しでも近づければと思います。
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