
ニュース・活動報告
「子どもは親や家庭環境を選べない」――。人が置かれている境遇の根本原因を手軽に説明できる表現として、SNSや若者の間で日常的に使われるようになり、昨今では新聞やニュースサイトなどでも取り上げられるようになった「親ガチャ」。
ただ、そこに「当たり」や「外れ」といった認識が絡むことで、自身や他者が傷ついたり、何かに挑戦したりする意欲を失って自暴自棄に陥るなど、マイナスの面も少なくありません。
こうした問題に直面しやすい“親を頼れない子どもたち”が、「親ガチャ外れた」の一言で未来をあきらめない社会を実現するために、私たちブリッジフォースマイル(B4S)は模索し続けてきました。親ガチャという言葉に込められた意味や、言葉の流行の背景にある子どもや若者を取り巻く社会問題について理解を深めながら、問題解決の一歩を踏み出してみませんか。
親ガチャとは?
親ガチャとは、親や家庭環境が子どもの人生に大きな影響を与えるにも関わらず、「子どもは親を選べない」「どのような環境に生まれるかは運任せ」ということを、アイテムを引くまで中身がわからないおもちゃやゲームの「ガチャ」に例えて表現した言葉です。
もともとガチャといえば、昭和に登場し、平成を経て令和のいまでもファンがいるカプセルトイやカプセルトイの自動販売機として知られている言葉で、「ガシャポン」「ガチャガチャ」「ガチャポン」など、聞いたこと、使ったことがある人も多いでしょう。
*「ガシャポン」「ガチャガチャ」「ガチャポン」はバンダイ、「ガチャ」はタカラトミーアーツが商標登録しています
ゲームセンターや町の一角などに置かれ、子どもたちを楽しませていたガチャが、現代においてこのような使われ方をされるようになったのはなぜなのでしょうか。
なぜ親ガチャという言葉が生まれ、広まったのか
カプセルトイに代表されるガチャは、スマートフォンの普及とともに、2015年ごろからソーシャルゲームへと発展し、インターネットの世界で流行しました。
近年経済的な閉塞感を抱える日本において、親の学歴や経済状況、養育環境などによって子どもの人生が大きく左右されうることへの懸念が、「引くまで当たり外れがわからない」ガチャと結びつき、親ガチャという新語が誕生したとされています。そして、2021年に新語・流行語大賞のトップ10にノミネートされたことによって、親ガチャは一般にも広く拡散していきました。
親ガチャ流行の背景にある社会問題
「親の学歴や経済状況、養育環境などによって子どもの人生が大きく左右されうる」ということについて、これほどまでに社会が敏感に反応し、親ガチャというテーマで広く語られるようになった背景には、どのような問題があるのでしょうか。
経済格差と教育格差
厚生労働省の2022(令和4)年「国民生活基礎調査」によると、2021年の日本の相対的貧困率*は15.4%で、他の先進国と比較しても経済格差が広がっていることが明らかになりました。
*「相対的貧困率」:所得が集団の中央値の半分にあたる貧困線に届かない人の割合
中でも、ひとり親世帯の貧困率は44.5%で、半数近くが貧困にあたります。また、17歳以下の子どもの貧困率は11.5%で、およそ9人に1人の子どもが、等価可処分所得*127万円未満の家庭で暮らしていることを示しています。
*「等価可処分所得」:税金や社会保険料を除いた手取りの収入を世帯人数で調整したもの
参考:厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」
幸不幸を判断するのはあくまで本人であり、経済的な豊かさと幸福度が必ずしもイコールになるとは限りません。ただ、経済的に恵まれない家庭で育つ子どもは、日常生活や進路選択など多くの場面で、将来に向けた知識や経験の獲得に制約を受けやすく、問題を抱えやすい状況にあるといえるでしょう。
たとえば、中学2年生やその保護者を対象とした、内閣府の2021(令和 3)年「子供の生活状況調査の分析報告書」では、「貧困層」「準貧困層」にあたる貧困家庭の子どもの養育に関する問題が浮き彫りとなっています。
*内閣府「子供の生活状況調査の分析報告書」では、便宜上、世帯を収入水準で三層に分け、等価可処分収入の中央値の1/2以下である世帯(12.9%)を「貧困層」、1/2から中央値までの世帯(36.9%)を「準貧困層」、中央値以上の世帯(50.2%)を「その他層」と呼んでいる
- クラス内での成績が「やや下のほう」「下のほう」を占める割合は、全体0%に対し、貧困層52.0%、準貧困層36.3%と、貧困層ほど成績が低くなる傾向にある
- 進学先として「大学またはそれ以上」を希望する割合は、全体49.7%に対し、貧困層28.0%、準貧困層38.1%と、貧困層ほど進学意欲が低くなる傾向にある
- 「地域のスポーツクラブや文化クラブ、学校の部活動に参加していない」子どもの割合も貧困層に多いが、その理由として「費用がかかるから」と回答した割合は、全体3%に対し、貧困層19.2%、準貧困層が9.4%と、貧困層ほどクラブや部活動への参画機会が少なくなる傾向にある
また、たとえ大学に進学できても、家庭の経済的な事情から奨学金を借り、社会に出た時点で借金を背負っているという若者は少なくありません。独立行政法人日本学生支援機構によれば、令和5年時点で返済義務のある貸与奨学金の貸与人員は約113万人にものぼります。
参考:独立行政法人日本学生支援機構「日本学生支援機構について(令和4事業年度業務実績等)」
私たちB4Sが支援対象としている親を頼れない子どもや若者の中にも、奨学金という借金を背負うというプレッシャーから進学をあきらめてしまったり、進学後の生活苦から中退を余儀なくされてしまったり、その結果、就職先が限定されてしまったりする人がたくさんいます。
関連記事:児童養護施設や里親家庭の子どもたちの進学支援 >>
このように、経済格差が生んだ教育格差は、子ども時代のみならず、将来の選択をするときにも影響を及ぼし、仕事や家庭を持ってからさえも、その格差に悩まされるケースがたしかに存在しています。
将来への見通しが立たない中、経済格差が教育格差を生み、その教育格差が新たな経済格差を生むという世代間連鎖が起こり、さらには固定化するといったことも危惧されています。
希望の格差
親の経済状況や養育環境によって、子どもの人生に有利不利が生じることはあるとしても、もしその不利を補うことができれば、子どもは少しずつ状況を変える意欲や力を持てるようになり、自らの人生に希望を見出せるようになるはずです。
しかし、その境遇が厳しいものであればあるほど、「境遇が人生を大きく決定づけ、その道筋は容易に変えがたい」という宿命論的な見方も、たしかに存在しています。
たとえば、親からの虐待や著しい家庭不和などで過度なストレス環境に置かれていた子どもは、家庭から離れたとしても、その後の人生に影響を与えるほどの深刻なトラウマを抱えているケースが少なくありません。
特に虐待は、身体に傷や障害を残したり、身体の成長を阻害したりするだけでなく、心の発達にも重大な影響を及ぼします。PTSD(心的外傷後ストレス障害)によるフラッシュバック、他人との適切な距離感を保つことが苦手、感情をうまくコントロールできない、自己肯定感が持てないなどといった心理的な問題から、対人関係や社会生活に困難を抱える虐待サバイバーもいます。こうした心の傷は、抑うつなどの精神症状をもたらすこともあれば、自傷行為や薬物乱用などにつながることさえあるのです。
また、著しい家庭不和が、子どもの心に大きな傷を残してしまうと、将来家庭を築くことに臆病になってしまったり、愛着障害や不安障害に陥ることもあります。
心に巣くう希望の格差を解消するためには、子どもや親、家庭だけに問題解決を促すのではなく、周囲の大人たちや社会の協力が不可欠です。
安心の格差
内閣府の2021(令和 3)年「子供の生活状況調査の分析報告書」によると、貧困家庭の子どもの心理的傾向についても、次のようなことがわかっています。
- 困っていることや悩みごとがあるとき相談できると思う人について、「だれにも相談できない、誰にも相談しない」と回答した割合は、全体9%に対し、貧困層12.8%、準貧困層10.6%と、貧困層ほど相談へのハードルが高くなる傾向にある
子どもが貧困や虐待、著しい家庭不和などから厳しい状況に置かれていたとしても、家庭の問題は外から見えにくく、さまざまな事情から、子ども自身も発信しない、できないことが往々にしてあります。その結果、そこで育つ子どもは周囲の理解や適切な支援を得られないまま、事態を悪化させてしまうのです。
また、大人になってからも、“実家”というセーフティネットがない若者の多くは、不安や孤独を抱えています。
特に、児童養護施設や里親家庭などから社会に出て初めての一人暮らしでは、各種手続きやご近所付き合い、生活費のやり繰りなどにつまずいてしまったり、学校や職場の人間関係や仕事、人生に悩んだときに一人で抱え込んでしまったり……。「一人で何とかする、がんばる」ことが当たり前になってしまっていて、気軽に相談できなくなっていることもしばしばあります。
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このように、親ガチャ流行の背景には、格差社会の中で生じる不平等と日々向き合う子どもや若者の苦悩が存在しています。SNSの普及も相まって、こうした子どもや若者にとって、かつてに比べてより格差を感じやすい場面が増えているのではないでしょうか。
親ガチャの使われ方と受け取られ方
では、子どもや若者は親ガチャという言葉をどのような場面で使い、どのように意味合いを解釈しているのでしょうか。私たちB4Sが2021年に開いたトークイベントで、児童養護施設の出身者など、親を頼れなかった当事者たちが語ってくれました。
「なんで大学を中退したの?」「親ガチャ外れてさ」――。母親から暴力などの虐待を受けながら育ち、大学時代には過干渉や金銭搾取に悩んだという女性。もともとは、親ガチャという言葉を、安易に使いたくないと思っていました。しかし、その一言で「なんとなく状況を理解してもらえたので、『そうか、こうやって使うんだ』と腑に落ちた」と言います。
例え仲のよい友人であったとしても、自分の生い立ちや虐待を受けた経験、母親による過干渉といった問題は気軽に話せる内容ではありません。まして何の気なしに聞かれた問いに対して自らの境遇を詳しく説明すれば、話し手である自分だけではなく聞いた側にとっても負担となります。つらい生い立ちや過去をやや気軽で明るいトーンに包むオブラートのような効果を発揮したことに、この女性は親ガチャという言葉の役割を見出したのでしょう。周囲と円滑にコミュニケーションを図るための機能も親ガチャという言葉が内包していることがわかります。
ただ、実際に使われる際は往々にして、「本人ではどうしようもない」と思われる要素に人生を左右されることへの不満や諦めが込められがちです。生まれ持った才能や容姿、障がいといった遺伝的な要素と絡めて語られたり、経済状況や家庭環境などによって生じた格差や境遇などを説明したりするときに使われています。SNS上では「親ガチャ外れ。人生何をやってもうまくいかない」などという嘆きも見られました。
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親ガチャが生む問題
これまで述べてきたとおり、親ガチャは、さまざまな場面で話す、聞くようになりました。実際に深刻な境遇を表現する場面で使われることもあれば、そうではない場面で気軽に使われることもあります。一般的に、親ガチャという言葉が不満を内包しがちなだけに、マイナスに作用するケースも想定してコミュニケーションをとる必要があります。
他者や自分を傷つけてしまうことがある
自分の境遇が外れだと認識したり、他人から指摘されたりすれば傷つきますし、外れだと言われる親は当然ショックを受けるでしょう。
また、努力をしても何も意味がないという諦めや無気力感を持つ反面、うまくいっている人に対しては「親ガチャが当たったからだ」という発想につながります。こうした厭世的な運命論者となって世の中を冷めた目で見るようになれば、何かに挑戦する意欲が湧かず自暴自棄に陥りかねません。
親ガチャという言葉を使って自らの置かれている状況を説明する人に対し、他者や外部に責任を転嫁した甘えと受け取って反発する人も一定数存在します。
生まれついた境遇はどうあれ自らの努力で人生は好転するし、それができていないのは自己責任だと考える層と、自分の努力では覆しがたい親ガチャという概念を肯定する層との間では議論が生じやすく、SNS上などで炎上することもあります。どちらも一面の真理を突いているほか、自らの置かれている状況は否定しようがない事実のため、議論は複雑になり、ときには攻撃性を帯びます。
その裏にある問題が軽視されてしまう
さらに危惧しなければいけないのは、過剰な自己責任論が蔓延することで、その裏にある問題が軽視されてしまうことです。
中には、物事がうまくいかない理由を安易に親のせい、親ガチャのせいにしてしまい、問題を解決できないまま無気力になっている人もいるかもしれません。一方、どのような境遇でも自力で未来を切り開ける人もいるでしょう。
しかし、親や家庭環境が子どもの人生に一定の影響を与えることは事実であり、この格差社会において、「だれもが配られたカードで勝負をするしかない」といった発想で、結果責任を求めるのは現実的ではありません。
仮に、貧困や虐待など相当に厳しい家庭環境に生まれながらも、懸命に生き抜いている人まで自己責任論の対象になってしまえば、その人が自立するために必要な社会的支援も顧みられなくなってしまいます。
私たちにできること
親や家庭環境のことで問題を抱えている、親を頼れない子どもや若者が、あえて「親ガチャ」という言葉を使うとき、その裏には何らかのメッセージが隠されていることがあります。
そのような子どもや若者が、さまざまな格差を乗り越え、不安を解消し、明るい未来を描けるような社会の実現に向けて、私たち大人には何ができるでしょうか。
親ガチャの意味を知り、言葉を使う人の背景を想像する
前述のように、親ガチャは、他者や外部に責任を転嫁した甘えのように聞こえることもあります。一方、親ガチャに託す思いや事情は人それぞれで、その裏に実際に深刻な過去やその影響、問題を抱えている人もいます。
自分以外のだれかの人生を大きく変えることは難しいですが、そのだれかが生まれ育った境遇や現在置かれている状況を想像し、思いを寄せ、コミュニケーションを工夫するだけでも、相手や自分が楽になることもあるのではないでしょうか。
困難を抱えている親子や家庭を支援する
身近にいる子どもに対しては、子どもの様子に注意を払い、問題を抱えていそうであれば声をかけて気にかけていることを伝える、相談相手になる、相談先(子ども支援の専門職やチャイルドライン等)を紹介する、自ら相談先に繋ぐなど、行動に移してみましょう。
子どもが問題を抱えているとき、その親も問題を抱えている可能性が高いです。もし、子どもだけでなく、その親とも接点が持てるようであれば、同じように相談相手になったり、相談先(行政サービス、民生委員、児童相談所等)を紹介したりすることも検討してみましょう。
また、相談相手になったり、適切な相談先につないだりする他に、子どもを支援する活動(学習支援、体験活動の場の提供、子ども食堂等)や家庭を支援する活動(ファミリーサポート、子育て支援、ひとり親家庭支援等)に直接参加したり、そうした活動を行っている団体を寄付等で支援したりすることも考えられる手段の一つです。
親を頼れない子どもや若者を支援する
親を頼れない子どもや若者の中には、親の病気や死別、虐待などで親と暮らすことができず、児童養護施設や里親家庭などで育つ子どもやそうした経験を持つ若者がいます。そのような子どもや若者に対しては、どのような支援があるのでしょうか。
例えば、社会的養護下の子どもたちを対象とした支援活動に参加したり、そのような活動に対して寄付をしたりすることは、一つのアイディアでしょう。児童養護施設でボランティアを行ったり、自ら里親となって子どもたちに家庭環境を提供したりする人もいます。
私たちB4Sも、親を頼れない子どもや若者が、自立するときに直面する「生活スキルが足りない」「困ったときの相談相手がいない」「働くことがイメージできない」「自分の居場所がない」などといったさまざまな問題を解決するため、多くの社会人ボランティアや企業の協力を得ながら、各種プログラムを提供しています。
社会全体で子育て支援や制度の充実を図る
不利な状況に置かれた親子や家庭のために、各種支援や制度も設けられています。それらは子育て世代が広く使えるものもあれば、ひとり親家庭や親を頼れない子どもへの支援に特化したものもあります(相談支援窓口、子育て・生活支援、就業支援、養育費の確保策、経済的支援、社会的養護、社会的養護経験者の自立支援、各種奨学金等)。
直接支援活動に携わったり、寄付したりすることが難しくても、こうした取り組みの継続と充実を支持することは、市民にできることの一つでしょう。SNSを利用していれば、子どもたちの置かれた環境に思いを寄せてSNSで関連情報や自らの思いを発信するといったことも支援につながります。
ここまで、「親ガチャ」について、いっしょに考えてくださりありがとうございました。生まれ育った環境や自ら置かれている境遇を他者と比較して、「当たり」「外れ」という評価をしてしまうことは、けっして珍しいことではないと思います。ただ、どのような環境においても、子どもや若者が将来への希望を育み、笑顔で安心して暮らせる社会を実現させるため、私たちB4Sは活動を続けていきます。
将来世代の希望が、社会の未来をつくります。今まさに、自分の力だけではどうにもならない厳しい環境下で不安を感じる子どもや若者を減らしていくことは、子どもや若者本人にとってはもちろんのこと、将来を担う人材育成の観点で社会全体にとっても大きな課題ではないでしょうか。
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