退所者支援の現場から

【連載 11】支援のかたより

施設退所者の支援に携わらせていただき、もう12年になります。
たくさんの若者の相談をうけてきました。10年前に比べて社会的養護・児童虐待に対する理解も支援も少しずつ広がり、声をあげる当事者も増えつつあります。とてもいい流れだと思います。そんななか、最近僕が感じているのは支援の偏りです。

大きな視点で見れば、東京や横浜などの都市部と地方の支援の偏りは大きいです。例えば奨学金ひとつとっても、地域独自の奨学金、学校の数も違いますから、進路の選択肢もずいぶん変わってきます。

もう少し狭い視点で見ると、例えば同じ東京都内でもどこの施設に措置されるか、里親家庭に措置されるか、などでもその後の人生はまるっきり変わってくることもあります。施設が独自の奨学金をもっていたり、近隣の企業や宗教法人から多大な援助があるところと、ないところでは、子どもの選択肢が変わってしまうでしょう。

本人に進学の意思があり、勉強ができたとしても、行く施設によって進学できるか否かが変わってしまうこともあります。ある意味、生まれた段階でハンデを背負ってしまった状態で、さらにどこの施設に措置されるかで、さらに不利益を被る可能性がある、というのはなんて理不尽なんだろうと思います。

さらに施設を出た後も、支援が偏る傾向があると感じています。例えばAさんとBさん2人の若者がいて、両方とも高校を卒業して就労したとします。Aさんは就職した会社で頑張っています。たまに困ったことがあったら相談をして、いろんな支援団体や大人から支援を受けます。支援してもらったらいつもきちんと笑顔でお礼を伝えます。
一方でBさんはすぐに会社を辞めてしまい、バイトを転々としています。たまに大人や支援団体から支援を受けますが、ほとんどお礼も言いませんし、笑顔もあまり見せません。

こういう場合、どちらを支援したいかと言えば、ほとんどの人はAさんを支援したくなるでしょう。実際の支援でも、Aさんに偏りがち。本来支援がより必要なのはBさんかもしれないのに、Bさんにはなかなか支援が届きません。
その結果、Aさんはどんどん生活のクオリティを上げ、安定していきます。場合によっては、本来ここまでの支援はなくてもいいかも、というところまで支援を受け取れるかもしれません。一方でBさんは生活のクオリティが低いままで、不安定な生活を送っていますが、なかなか支援を受け取れません。
もちろん、この状況について、「AさんとBさんがもつ対人スキルが違うのだから仕方がない」と言い切ってしまうのも、支援者側の自由です。ただ、例えば、幼少期に虐待を受けたり、里親や施設を転々としていたような退所者の場合、対人スキルがしっかりと育まれないこともあります。それなのに、「対人スキルの低さは、Bさんの責任と言ってよいのか?」という疑問を感じます。

支援をしたくなる若者ばかりを支援するのではなく、変な言い方ですが、支援のし甲斐のない若者にも目を向けていく。今後はそういうことも考えていかないといけない、と思ってます。

(事務局スタッフK)


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